「学生ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」の本をを読んで

こんにちは、赤点起業家の星野です

本日は、ある本を読んで学んだことをお伝えしたいと思います

では、本題に入りましょう

 

 

 

〜唯一、◯◯し過ぎて死ぬ事がないもの〜

食べ過ぎたら死ぬ

飲み過ぎても死ぬ

運動し過ぎても死ぬ

寝過ぎても死ぬ

多くの場合、やり過ぎは生存において不必要なものとなる

限界を超えたものはすべてマイナスになってしまうからだ

でも、唯一どれだけしてもやり過ぎという言葉が存在せず、すべてがプラスになるものがある

それは・・・、勉強。

勉強はどれだけしても足りない

すればするほど、自分がどれだけ無知であるかに気付かせてくれる

むしろ、一番怖いのは自分がいかに無知であるかを知らないこと

勉強は自分の世界を広げる大切なプロセス

趣味がない、夢がない、自分は何が好きなのか分からない

これはすべて勉強をサボってきた結果に過ぎない

かと言って、勉強は何も資格やテストのことだけを言ってるのではない

本を読むのも勉強、経験するのも勉強、誰かと話すのも勉強、新たな発見をするのも勉強

テストや資格の勉強をすることだけが勉強ではない

言うなれば、人生すべてが勉強とも捉えられるが、そのことを自覚しているか否かで雲泥の差となる

最近読んだ本に「学生ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」というものがある

簡単にストーリーを話しますと、

偏差値30以下の女子高生ギャルである主人公のさやかちゃんが、心理学を勉強している一人の塾講師坪田さんに会い、わずか1年半で偏差値70以上を誇る有名私立慶應大学に現役で合格するお話

主人公のさやかちゃんは頭が良いととても言えるような子ではなかった

日本地図をざっくりでいいから書いてみてと言われれば、なぜか大きな丸を一つ書くだけ

東西南北もろくに知らず、地球が丸いということさえ坪田先生に会うまで知らなかったという

所謂、世間一般での「バカ」と言われる存在だった

そんな彼女にも長所はある。それは、底知れぬ明るさと素直さであった

特に自他共に認める素直さは、目を見張るものがある

歴史の勉強で、聖徳太子を「せいとく たこ」と読み、終いには太子という名前から太っていた女の子だと思い可哀想と言い始めたり、かの有名な武田信玄をハゲと呼んだり

だが、その素直さから塾講師の坪田先生が話すことを忠実に行っていた

なぜ、彼女がここまで素直な子に育ったかと言えば、それは彼女の母親、通称あるああちゃんが大きく関係していた

ああちゃんは常にさやかちゃんの味方でいたいという気持ちが人一倍強く、常識や良識などに縛られず自由に生きてほしいと望んでいた

そのため、彼女が学校で怒られた時はいつもああちゃんがかばったり、悪さをした時も怒るのではなく諭していた

そのかいあってか、さやかちゃんは素直な性格へと育っていった

本日、ご紹介した勉強してもしても足らないと気付いたのはまさに主人公のさやかちゃんであった

と同時に、勉強するにつれ、今までの自分の無知さの後悔に加え、夢や目標を持つようになっていった

私が話したかったのは、勉強には限りが無いということ

勉強に満足などという言葉はない

勉強は自分の世界観を広げ、夢や目標を見つけるプロセスにもなる

もし、自分に夢や目標がないという人は勉強してほしい

そう思いこの話をしました

本日も呼んで頂きありがとうございました